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私が子供の頃は道徳の授業がありました.その頃は部落開放運動が盛んだったのか,授業内容はほとんど部落差別についてだったと思います.江戸時代の階級制度から残り続けた部落差別が問題視されていたと記憶しています.その当時同じ人間で生まれた土地だけで差別されるのは本当にいけないことだと思いました.しかし最近は差別という言葉に違和感を感じます.女性差別に始まりLTBGQ問題,挙句にはQは何なんと思えば,クエスチョニング?訳わかりません.かつては確かに女性差別はあったと理解しています.そしてそれは決して許してはいけないことだと思います.しかし女性と男性は違います.遺伝学的にも肉体的にも違います.その違いは自身の強い意志と行動がない限り変わることはありません.ですから女性と男性は区別が必要です.そしてお互いに尊重しあう必要があります.同様に性的マイノリティに対しても,区別と尊重が必要です.しかしその個体数に応じて自ずと対応は変わってきます.尊重し必要に応じて配慮することが必要ですが,必要以上の優遇は逆に失礼に当たります.そのあたりを今の日本は履き違えているような気がします.女性差別だと声高に訴える国会議員がいますが,流石に国会議員となると我々もそれなりに色々な人を,新聞やニュースなどで知っています.最近はネットで本当に多くの情報が集まりますので,その人たちがどの程度かも分かります.結局女性をいや,自分を(自分たちではありません)優遇しろと言っているだけです.国会議員の中には少数ですが,本当に愛国心と信念を持って,日本を守り抜きたいと思っている人が少ないですがいます.ただ私の頭の中に浮かぶその人たちはほとんどが女性です.これを情けないと思うことは女性差別だと思います.男性に対して不甲斐ないと思わなければなりません.なんだか言葉遊びのようになってきましたが,差別と区別,優遇と配慮,この使い分けをしっかりしなければならないと思う今日この頃です.と,こんな事書いたら今の世の中,戯言なんかじゃ済まない?
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